第四話 脱走
三日間。俺はひたすらに勉強を続けていた。昼間は簡単な読み書き、城内での情報収集。夜には精霊の力を使いこなす練習。
おかげで簡単な読み書きと地理関係はある程度覚えることができたし。城内にも信用できそうな人間をいくらか見つけ、
情報を聞き出すこともできるようになった。
一番てこずったのは力の使い方だ。今まで無かった器官を使うようなものでかなり難しかった。
しかも、どこから見ているか分からない監視に気づかれないように練習するのはかなりの冷や汗物だった。
だが、この三日間で何とか下準備は終えたと言っていいだろう。これからが本番だ。
コンコン
「トージ。居る?」
控えめなノックの後に控えめに呼びかけてくるハル。そろそろだとは思ったが、それにしても良いタイミングで来てくれた
「居るよ。入っていいぞ」
そう答えると、ハルは恐る恐るドアを開けて入ってきた。何もそこまで恐縮しなくてもいいだろうとも思うが。
昔からいつも大体、こいつが俺に頼りにくるときはこんな感じだ。
「どうしたんだ?」
「どうしたんだじゃないよ。ここ数日、大臣やら王様やら貴族やら、色んな所に引っ張り回されて・・・」
どっこいしょと口に出しながらベッドに腰をかける。本当にお疲れのようだな。
「しょうがないんじゃないか?自分達を救う勇者様に一度会ってみたいなんて、そりゃみんな思うだろ?」
「俺が言いたいのは、何でトージは一緒じゃないのかってこと。トージだって勇者として呼ばれてるんだよ?」
「さあ?勇者っぽくないからじゃないか?」
「嘘だ。エリスから聞いたぞ?緊張すると叫びだす病気らしいな。」
う、ばれてたか。
実は何度か謁見に呼ばれていたんだが、そのつど嘘でごまかしていた。いや、半分冗談だったんだが、まさか本気で信じるとは思わなくて・・・
「おかげでイベントへの出席とか、これから大変なんだぞ?」
「そりゃご愁傷様」
それは別に俺のせいじゃないとも思ったが、あえて口に出すことはしない。口に出してもあーだこーだ煩いだけだろうし。
その時の光景が目に浮かぶようだ。どうせ流されるまま話を進められていって、そのままOKしたんだろう。
しかし、いつまでも俺が助けてやれるわけじゃない。
「俺、近いうちに出て行くから」
「へ?」
「だから、お前も自分で面倒なことを処理できるようにならなきゃだめだぞ?」
「突然なんだよ?出て行くって、なんで?」
「安心しろ。別ルートってだけで俺も帰る方法は探しておく。お前はお前で探しといてくれ」
「だから、なんでだよ?一緒に魔王を倒してくれるんじゃないのか?」
こいつの中では俺が一緒であることは既に確定事項だったらしい。しかし、これは始めから考えていたことだ。
「魔王の話もちゃんと考えてるよ。こっちはこっちで動くからお前はお前で頑張ってくれ」
そう言って俺は自分の部屋を後にした。多分あいつは大丈夫だろう。ハルの周りには見方になってくれる人間が集まる。そういう奴だ。
むしろ問題なのは俺の方。勇者でない以上ここに留まっているのはあまり得策とは言えない。
俺は旅の準備をするために街へ降りるべく、城の西へと向かった。
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突然の出て行く宣言に僕はどうしていいのか分からず、トージが出て行くのをただ黙って見送ることしかできなかった。
トージは昔からよく僕のことを助けてくれていた。今回も当然力になってくれるだろうと思っていたのに。
(少し甘えすぎだったかな・・・)
よく考えたら、今までトージが厄介ごとを引き受けてくれていたから、僕は自由に動くことができていたのかもしれない。
この世界で一人で居る時間が多くなり、彼の偉大さと自分の無力さを思い知った。
「どーするべきか・・・」
(主の思うままに)
ここ数日間で聞きなれた声が頭の中に響く。光の精霊だという彼はほとんど喋ることはないが、時折こうして語りかけてくる
(光は導くもの。主が標。)
「分かってるさ。僕は僕が思うように行動するよ」
そう。昔も今も、これからも、僕は僕のしたいようにする。トージは僕が正義の味方みたいなことを言っているがそれは違う。
僕はただ我侭で、自分がしたいように行動しているだけ。そこに正義なんてない。あるのはエゴイスト、ただそれだけ。
それ以上は精霊も語りかけてこなかった。それでいいということだろうか?彼は必要以上に干渉してこない。
時折こうしてポツリと漏らしてはまただんまりだ。超放任主義な性格らしい。
しばらくトージの部屋でぼんやりしていると、ノックも無しに扉が勢いよく開け放たれた。
「トージ様。こんな所に居たんですね?探しましたよ?」
「まったく、手間かけさないでよねー」
現れたのはエリスと、もう一人は王宮魔術師のリューネだ。こちらに来てから色々な人達にこの世界での知識を教わっているのだが、彼女には主に魔法と一般常識を教わっている。
見た目は明らかに5つぐらいは年下に見えるが、僕よりも年上なんだとか。エリスに聞いたら、力のある魔術師は自分の容姿も変えられるんだとか。
彼女はショートカットの髪をガシガシと掻き毟りながら近づいてくると僕の前に仁王立ちする。
「私の講義をサボるとはいい度胸だな」
「え?うわ!もうこんな時間ですか!?」
部屋に掛かっている時計を見ると、講義を受ける約束の時間は既に過ぎていた。
「言い訳は聞かん!行くぞ!!」
問答無用だとそう告げて、さっさと部屋を出て行ってしまうリューネ。
「・・・本気で怒らせないうちに行きましょうか」
「そうだね・・・」
彼女は怒らせると恐い。容赦なく魔術を放って死ぬ思いでそれを避けることもしばしばだ。とにかく今は急いで彼女の後を追うのが先決だろう。
僕がみんなを導く光になるにはまだまだ勉強が必要だ。それまではまだ、導かれていよう。今はまだ・・・
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城は国の最北に位置していおり、城の両端から囲むようにして城壁が二重に広がっている。南には正門があり、城壁に挟まれる形で街が広がっている。
山肌を削って城が造られており、城より北には山脈があるので進めない。門は正門と東門とがあり、正門は街へと繋がっており、東門は貴族の居住区と騎士団の本部に繋がっている。
一つ目の城壁を越えて街に出るにはこの二つの門を使うしかないのだが、正面には当然多くの兵士達が配置されている。東には騎士団の本部があるし、貴族達の中に紛れるには目立ちすぎて無理がある。
西側は小さな森と丘があり、貴族や王族が狩りを楽しむために開放されている。唯一警備が手薄な箇所である。
(影が多いのもこっちを選んだ理由だけど・・・)
西の城壁を目指しながらこれからの行動を整理する。この城壁を越えるには力を使う必要が出てくるだろう。
闇の力。その最も基本的な能力が影の操作である。森の中は必然影が多くできるため、能力を使いやすいのだ。
。
「さて、昼飯にするか〜」
しばらく森の中を歩き、丁度良い樹の幹を見つけると、仲良くなった厨房の料理人に頼んで作ってもらった弁当を広げる。マジで美味そうだ。さすが王族御用達。
弁当に舌鼓を打ちつつ周囲の木々に、正確にはそこにできる影に気を配る。1・・・2・・二人か、一人減ったな。最近は大人しくしてたからな〜
弁当を食べ終わると静かに目を瞑る。距離が離れているから少し厄介だが、まあいけるかな。
意識を監視者二人の影に集中させる。影はゆっくりと監視者の体を這い上がり、そして目を塞ぐ。
「「・・・っ!」」
少し離れたところから葉の擦れる音が聞こえる。動揺しても殆んど音を立てないのはさすがだな。闇の力、影を操る能力。これにより目に入る光を遮断したのだ。
突然視界が真っ暗になったというのに物音も殆んど立てず状況判断に努めているようで、実力者であることが伺える。これはあまりのんびりしていられ無そうだ
動く気配が無いことを確認すると、俺はゆっくりと立ち上がり、静かに西の城壁へ向かった。
城壁へ着くとまず周囲を探る。さっきの監視者もどうやら追ってきていないようだが、直に効果も切れて追ってくるだろう。城壁は5メートル以上あり、取っ掛かりも殆んど無いので素手で登るのは厳しそうだ。
(さて、またまた力の使いどころかな)
ここ数日間、俺は最も基本的であり使い勝手の良い能力「影の支配」を重点的に練習していた。影と闇は微妙に違う気もするが、スノウに言わせれば『似てるから良いんです』だそうだ。
そんな適当でいいのかとも思ったが、まあ詳しい話はややこしいので納得しておくことにした。
また、闇と光は他の属性を統括しているものであり、すべてに通じているのだとか。例えば同じ「火」でも「闇よりの火」と「光よりの火」があり、それぞれで効果が違う。
そして影の操作は闇の力の派生とでも言うべきものだ。これを呼吸と同じぐらい自然に使えて一人前らしい。まあそんなことは今はどうでも良いか。
今度は自身の影に意識を集中させる。影はゆっくりと城壁を這い上がり頂上まで着くと、今度はゆっくりと縮んでいく。それに合わせて俺の体も引っ張られていく。が・・・
「っお、うわっ!」
影が城壁を登り始めると体は重力に引かれて下へと引かれていく。必然、体は逆さ吊り状態になる。これは想定外だ、逆さ吊りで城壁を登っていく様はさぞ奇妙だろう。
引き擦られながらも頂上に足が掛かると腹筋を使って何とか登り切った。使い方には気を付けないといけないという教訓だな、うん。
城壁の頂上で振り返り、城を一望する。たった数日ではあったが、情が沸くには十分すぎるほどに城の人達は温かかった。少し名残惜しい気もするので目に焼き付けておこう。
「さて、行くか」
しばらく城を眺めていたが、ふと周りが薄暗くなっていることに気付く。いつの間にか時刻は夕暮れになっていた。ここに長居するのは得策ではないんだが、思いのほか長いこと城を眺めていたようだ。
城壁の上なんて目立つことこの上ない場所でボーっとするなんて、想像以上に感慨深いものがあったようだ。
(急がないと街から人が減るな)
群集に紛れ込んで監視から逃れることができなくなってしまう。俺は急いで城壁から飛び降りると、街に向かって全速力で走り始めた。