第五話 旅の方法
身体能力が強化されているせいか、思いの他早く街に着くことが出来た。時刻は日の入り前、夕暮れに染まる異国の街というのは中々見応えがある。
とりあえず街の中をぶらぶらしてみようかと思ったが、なんか周りの視線が痛い。すれ違う人みんながこっちを見ている気がするんだが・・・
顔が知れているということはまず無いだろう。こっちに来てから俺は城から一歩も外に出ていないし。とすれば・・・
(この髪と目か・・・)
この世界の人間は様々な色彩を持っている。赤い髪や青い髪、緑の瞳や紫の瞳、それこそ千差万別だ。しかし黒い髪に黒い瞳というのはどこにも見当たらない。
これはまずは顔を隠すのが先決なんじゃなかろうか。このままでは人混みの中でも目立ってしまう。
辺りをきょろきょろ見回して、服飾品が売っていそうな店を探す・・・発見!読み書きの勉強しといて良かった。偉いぞ、俺!
一目散にお目当ての店に入ると変装用の服を選ぼうとしたのだが、この世界でのスタンダードがさっぱり分からん。店内は広く、かなり豊富な種類の服が置いてあるのだが、逆にそれが煩わしい。
とりあえず周りを見回し他の客の服装や手に取っている商品を観察する。傍から見たらかなり怪しい客だろう。ある程度観察を終えると、まずは顔を隠すためのアイテムを探すことにした。
選んだのは黒い深めのハット。被ってみると、髪と同系色だと髪の色が目立たなくなり、結構ごまかせる。しかも目深に被ることで瞳の色が影に隠れて分かりづらくなることが分かった。
服装は、インナーには首周りのゆったりしたグレーのシャツ。ハーフ丈の黒いワッフルコートみたいなものを羽織り、下は足首の絞ってある少し青みがかった黒いカーゴパンツ。的なもの。
別段元の世界でもおかしくなさそうな格好だな。黒を基調にしてるのはなんとなくだ、なんとなく。別に闇がどーとか、キャラ作ってる訳じゃないぞ、決して。
さてお会計。お金は持っていないがお会計。
「すいません、この服要らないんで、代金の変わりにならないっスか?」
既に試着室で着替えを終えた俺は、今まで着ていた服をレジに置く。
「はあ?代金は現金でお願いしま・・って!この服!!キンググリズリーの皮!?こっちはドラゴン革にハーピーの羽毛じゃないか!!」
なにやら興奮して素材の特性を説明しだす店員。自分の世界に入っちゃってるみたいだ。城の人に聞いてはいたけど、やっぱ凄いもんだったんだなあ・・・
「分かった!代金はこれで良い。これは釣りだ。足らないとは思うが何とかこれで我慢してくれ!」
店主のおっさんはレジに置いてあった服を抱きしめ、硬貨のぎっしり入った袋を置いてさっさと奥に引っ込んでしまった。時折奥から雄叫びが聞こえてくるが、いいんだろうか?これ、お店の売り上げなんじゃ・・・
他の店員さんに何か言われる前にさっさと店を出てしまおっと。
服屋を出ると既に日も沈みかけていた。早いとこ今日の宿を見つけないとな。思わぬ大きな収入もあったし、少しいい所に泊まるかな〜
適当な宿は無いかと辺りを見回してみる、少し歩いていると目の前にある種お約束な「もの」を発見してしまった・・・神様、どこまで俺に不幸を与えれば気が済むんですか。
宿を探して大通りを歩いていると、人が倒れていた。ローブ姿のいかにも旅人なその人は、それは見事な倒れっぷりで道のど真ん中に寝そべっている。
しかし街の人は誰も声を掛けようとせず、それどころか目を向けさえしていなかった。なるほど、あれがこの世界での行き倒れに遭遇した時の正しい対応な訳だな。郷に入らば郷に従えとも言うし、ここは見なかった事にしよう、うん。
そう決めるとまた宿を探すべく歩き出す。
(おっ。あそこなんか良さそうだな。よし、あそこに・・・)
ガシ
「っうおぁ!!」
つ、掴まれた。足掴まれた!こういう時はどうすればいいんだ!?周りの人に視線を送るがみんなこっちを見ていない。俺も無視する人リストに入ってしまったらしい。
なんとか手を振り解こうとするが、かなりがっちり掴まれている。ここは覚悟を決めて声を掛けるしかあるまい。
「あの〜。どうかしましたか?」
返事は無い、ただの屍のようだ。屍か、ならば越えていくのみ。とりあえず足を掴んでいる手をもう片方の足で踏みつけてみる。
「イタイイタイイタイごめんなさいごめんなさい!トイレで手を洗うの忘れててごめんなさい!!」
どうやら生きていたようだ。足を退けると手を摩りながらゆっくりと起き上がる。
「手が折れた!この落とし前どうつけてくれるんだ?ええ!?」
起き上がると同時にそんなことを言ってくる旅人。何この人、頭おかしいのかな?
「とりあえず、お腹いっぱいにご飯が食べたいです!!」
「・・・黙れ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
調子が狂う。何なんだこいつは・・・まあ、悪い奴では無さそうなんだけど
「とりあえず、話ぐらいは聞いてやるから。付いて来いよ」
そう言ってさっさと目的の宿に歩いて行く。こんなとこで話していたら俺まで目立ってしょうがない。周りの好奇の視線を無視して、俺は逃げるように宿に入っていった。
「ちゃんと手は洗ったのか?」
宿にある食堂のテーブルで旅人に向き合うように座った俺は、改めて旅人を観察していた。宿に入りローブを脱いだ旅人は、驚いたことに女性だった。
歳は俺よりはだいぶ上であろう、20代前半ほどに見える。ローブの下には皮の胸当てやら短剣やらを身に着けておりいかにもな感じのする格好をしている。
「洗ったよ!まったく、女の子にそんなこと聞かないでよね」
さっき自分からカミングアウトしてたけどそれはいいんだろうか?ショートカットの栗色の髪を揺らしながら怒る彼女は、いかにも活発そうな印象を受ける。
あの後、部屋を二部屋借りると、行き倒れの事情を聞くべく食堂に来たのだが、彼女の食欲は凄まじく話している余裕なんてまったく無かった。やっとついさっき食べ終わって一息ついたところである。
「で?そろそろ倒れていた理由を聞きたいんだが?」
本題はそこである。せっかく得た貴重な旅の資金を使って助けてやったんだ。しょうもない理由だったら身包み剥いでやる。
そういうと、フッフッフと怪しげに笑いながら立ち上がりだす。そしておもむろに机に足を乗せると高らか叫んだ。
「良くぞ聞いてくれた!私はユリス=クラウジール。ピチピチの23歳、独身!スリーサイズは上から82・ごじゅうにゃ!?むぐむぐ」
「よく分かったから普通に話してくれ、普通に」
食卓に並んでいたパンを彼女の口に思いっきり詰め込む。どうにも彼女は頭のネジが吹っ飛んでいるらしい。彼女と居ると必要以上に目立ってしまう。
ユリスは口の中のパンを飲み込むと、ひどいなぁとぼやきつつ続きを話し始めた。
「さて、どこまで話したっけ?そうそう、スリーサイズだったね」
「それはいい。倒れていた理由だ」
「む、ここ重要なんだけどな。っごめんなさいごめんなさい!!そんな恐い顔しなくたっていいじゃん!!」
謝ったり怒ったり忙しい奴だ。それで?と促すと、渋々といった様子で続きを話し始めた。
「私は勇者を目指してるの」
そう切り出し、彼女は身振り手振りを加えてこれまでの経緯を説明してくれた。
彼女が住むのはここから海を渡ったところにある、モーブという小さな国らしい。ちなみに今いるこの国の名前はモントル王国というのだとか。自分のいる国だというのに調べるのを忘れていた・・
「そこで私は勇者に憧れて育ったの。だけど肝心の魔王がいなかった・・・」
英雄譚に出てくるような、幾多の試練を乗り越え魔王に立ち向かう。そんな勇者に憧れる気持ちは分からなくは無い。しかし立ち向かう魔王がいないのではしょうがない。だが彼女は、あきらめずにただひたすらに、剣と魔法の修練に打ち込んでいたという。
「そんな時よ!魔王復活の噂が流れ始めたのは!まあ、少し遅い気もしたけど・・・」
23歳といえば結婚していてもいい年だろう。というか、夢見る年齢じゃないな、そういうのは思春期の少年少女が夢見るもんだ。うん。
とにかく彼女は、噂を聞いたとたん家を飛び出してきたらしい。そして、勇者発祥の地であるこの国に着いたはいいが、お金も頼る当てもなく行き倒れていたと・・・
ようは馬鹿なんですね、あなたは。
「とにかく!私は魔王を倒して勇者になる!」
ユリスは高らかにそう宣言すると、今度は椅子の上に立ち周りの宿泊客に勇者への思いを熱く演説し始めた。
「そーですか、頑張ってください。」
世の中色んな人がいるもんだ。さて、もう眠いし今日は部屋に帰って寝ようかな。幸い彼女は自分の世界にトリップして周りの酔っ払いに演説中だ。
気付かれると恐らく厄介ごとに巻き込まれるだろうと思った俺は、そそくさと部屋に潜り込んだ。行き倒れを見つけるという時点で十分にフラグを立ててしまった気もするけど・・・
「疲れた・・・」
部屋に入ると盛大にベッドに倒れこむ。使い慣れない力の行使に見慣れない異世界の街での買い物。極めつけは行き倒れの勇者志望の女性との出会い。今日は色々あり過ぎた。
それに加え、城にいる間は常に監視の気配に気を配っていたために、精神面もだいぶまいっていたようだ。いけないことだとは思いつつも、ここにきて一気に緊張の糸が切れてしまった。
「少し迂闊なんじゃないですか?」
毎度お馴染みになりつつある広大な草原の風景。そしてそこに立つ黒髪の少女。またか、また俺は安らかな一時を送ることも出来ないのか。
夢の中の精神世界。スノウの作り出す俺の頭の中の世界は、今日も変わらず空っぽだった。
「忠告痛み入るよ、だけど体の方も限界なんだ。大目に見てくれ」
迂闊であることは重々承知している。城から逃げ出し、いまだその領地内でのんびりと寝ているのだ。もう今頃は俺が抜け出したことに向こうも気付いているだろう。
ただ、俺の心配をしてくれるのはありがたいが、それならおとなしく寝かせといてほしいというのが本音だ。
「これからどうするの?」
「切り替え早いな。これからか・・・まあプランはいくつかあるんだが、どれにしろまずは魔王の情報を集めようかと思ってる。」
なんにせよ、相手のことを知らないと話にならない。何処にいるのか、どんな奴なのか。俺としては異世界を渡る術さえ分かればそれでいいのだが、戦いになることも考えておいたほうがいいだろうし。
「彼女と行動を共にするの?」
彼女、というとユリスのことだろうか?まあ彼女は勇者になるといっていたし、少しは情報も持っているだろうから有用といえばそうなんだが・・・
「あれは少し・・・進んで一緒に、とは思えないなぁ」
会ってからまだほんの少ししか話していないのだが、それでも十分すぎるほど彼女のことは分かった気がする。あれは阿呆だ、間違いない。しかも周りを巻き込んでいくタイプの。
とりあえずは一人で行動する方向で考えよう。フラグが立ったなんて気のせいさ、きっと何も起こらない。うん。
「そっか、それがいいよ。」
なにやら機嫌よくそういうスノウ。ユリスのことが嫌いなのかな?まあ確かに一緒に居ると面倒ごとが増えそうな奴ではあるが。
「私はいつもトージの傍に居るから。必要になったら呼んで」
「ありがとう。そうするよ」
今日は何やら機嫌がいいみたいだな。早々に話も終わり、スノウに別れを告げると残りの時間は静かに眠ることが出来た。