第六話 お約束
「遅い!待ちくたびれたよ!もう!!」
朝、監視者が追ってくる前に旅立とうと早朝に宿を後にした俺の前には、何故かユリスが立っていた。仁王立ちで。
「何でお前に遅いなんて言われなくちゃいけないんだ?もう関係ないだろう?」
「何言ってるの!知らないの?物語では良くあるじゃない。ちょっとした縁で一緒に旅をする。勇者はそうやってパーティを作るのよ。お約束じゃない!」
知らんがな。俺をあなたの脳内設定に巻き込まないでもらいたい。と言ってももう遅いのだろう。彼女の中では昨日出会った時点で決まっていたんだろうし。
正直こうなることも予想していた。考えたくなかったが
「行き先は決まってるのか?」
「ありゃ、意外と素直なんだね。もうちょっと嫌がるかと思ったのに」
「断っても着いて来られたら意味がないだろ」
というか嫌がられると思ってるならもうちょっとこちらの意志を尊重してほしい。まあ、ここであーだこーだ言っても多分こいつは聞かないのだろう。
であれば一緒に行動することにして話を進めて方が建設的だ。それに少なくとも彼女はこの世界に慣れている。そして勇者や魔王についての情報も持っている。使い道はある訳だ
「本当はここで勇者の伝説の装備的なものを貰おうと思っていたのだけれど、お城に入れなくてさ。まったくどうかしてるよね」
どうかしてるのはあなたの頭のほうですよ。つーか伝説の装備なんて城に無かったし、あったとしても既に正統な者、ハルに渡されているだろう。
「じゃあ、次の目的地は決まってないのか?」
だったらこいつと一緒に行動するメリットは無くなる。勇者と魔王の手掛かりを探すのが、俺のまずの目的なのだから。
「ちゃんと決まってるよー。先代勇者の右腕と言われた魔法使いアンセム。彼の故郷が次の目的地よ!」
ビシッと彼方に向けて指を指すユリス。アンセムというのは前回の魔王との戦いで勇者と共に戦った魔術師のことらしい。何でも彼の操る魔術は桁違いで、魔術師ではなく魔法使いと称されたとか。
いまいち違いが分からないが。彼の魔術は奇跡を起こすと言われるほどの力を持っていたのだとか。不可能を可能にする。魔術を超えたものを魔法と呼ぶのだとか。
成る程そこなら確かになにかしら手掛かりはありそうだ。目的地としては問題ないだろう。
「じゃあまずは旅の準備だな」
「そうだね。3,4日は掛かるだろうからそのつもりでね〜」
お昼ごろに南門前に集合と決めると、ユリスはさっさと行ってしまった。旅なんて初めてだから必要なものを聞こうと思っていたんだが、なんとかなるか。
手近の人に道具屋の場所を聞きだし、さっそくその場所へと向かうことにした。
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扉越しにばたばたと慌しい足音が聞こえてくる。今日は朝からずっとこの調子だ。戦争の起こらないこの国では城の中がこうも騒がしいのは珍しい。
しかし部屋の主は至って落ち着いているようで、ゆっくりとテーブルに手を伸ばすと水差しを手に取る。その時、部屋の扉が勢いよく開けられた。
入ってきたの四十を少し過ぎた程の男。立派な口髭を生やし身につけている物も一目で上等なものだと分かる。それなりの地位を持った男であることが伺える。
「対応を」
「酷く端的だなディオール。それはお前の悪い癖だぞ?それでは・・・」
「陛下の耳にも届いているのでしょう?」
言葉を遮るように、少し呆れの混じった声で問いかける。おおよそ陛下と呼ばれる人物に対しての対応には思えないが、当のその人は別段気にした様子もなく、何の事かと首を傾げた。
ディオールと呼ばれた男は呆れたように肩を竦める。昨日の夕方頃に勇者として召還された男の一人が城から抜け出したことは周知の事実である。
一応は国の重要人物であり、魔王と対抗できるだけの力を持った人物を逃がしてしまうなど重大な問題に発展しかねない。勇者の存在はこの世界の希望である。そして同時に強大な軍事力でもあるのだ。
それをこの城の主が、特にあなたが知らない訳がない。そう言うと、最初の問いかけを繰り返した。
「対応を」
「対応も何もないだろうに、勇者はもう一人居るのだろう?相手がこちらに敵対する意志がない以上は放って置けば良い」
「ユリス=クラウジールと接触した。と知ってもですか?」
黙考。俯きなにやら呟いた後、意を決したように顔を上げた。そこには先程までの穏やかな顔はなく、あったのは恐ろしいまでの無表情。
「森の出口に兵を配置しろ」
「それだけですか?お言葉ですが・・・」
「黙れディオール」
先程と立場が入れ替わり、迫力に押されディオールは押し黙るしかなかった。しかし相手は曲がりなりにも異世界からの召還者。戦争を知らない兵では足止めにしかならないだろう。
「この国は勇者の国。大義名分の無い争いは起こすべきではない。反感を買うだけだ」
勇者の国。この国の人間はそれを誇りに思っており、自分達も勇者のように勇敢であることを望んでいる。その国が、国の都合で勇者を殺すなど持っての他だ。
だろう?そう問いかける顔は冷酷そのもの。
「兵を、無駄に消費するのもまた、反感を買うので、は?」
声が震える。放たれた冷酷な響きはそれだけで凍えてしまいそうだ。
「そうだな。無駄にされては困る。それに勇者に刃を向けるのもまずい、勇者には、な。人選には注意するのだぞ?」
ハッとする。王の真意を汲み取り。ディオールは一礼すると部屋を後にした。
一人になり、長い溜息のあと水差しから一口水を飲む。
「ぬるいな・・・」
そう呟く顔からは先程までの冷酷さは伺えず、ただ少し不満そうに眉を寄せる常時の王の顔があるだけだった。
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深い深い森。旅の道具を揃え終わり、物欲しそうに何かの焼き物の屋台を見つめていたユリスを見つけ合流。現在俺達は迷いの森なんて名前が似合いそうな森の前に立ち尽くしていた。
城の南に位置するこの深い森は、徒歩ルートでこの国に出入り出来る唯一の出入り口になっている。
「なぁ」
「なに?」
「道、分かるのか?」
確かこの森は侵入者を阻む役割を果たしているという森だったはずだ。当然道は複雑になっているのだろう。そんなところを道も分からず進めば道に迷うのは必然だ。
「大丈夫だよ。この森は出る時は真っ直ぐ進めば入り口に着くようになってるんだよ」
そう言って地面に樹形図のようなものを書いていく。どうやらこの森の簡単な地図らしい。
「森への入口も出口も一つだけ。国に向かうにはいくつもある分かれ道を選ぶ必要があるけど、出る時はただ戻ればいいように出来てるんだよ」
なるほど、それなら迷う心配は無いわけか。人工的に作られた迷いの森、道もある程度舗装され獣道を歩くなんていう苦労も無いらしい。
しかし、だからといって・・・
「ユリス、素朴な疑問なんだが」
「なに?やっぱりスリーサイズが気になるのかな?」
「・・・なんで荷物が何も無いんだ?」
迷うことが無いと言っても魔物もいる森だ、何の装備も無しじゃやっぱりきついだろうし、なによりこれから旅をするというのに何も荷物を持ってないなんて、野宿することになったらどうする気なんだ?
「つまんないなあ、少しは興味持ってくれてもいいのに。そういうトージだって手ぶらじゃない」
「俺はしまってあるだけだ。必要な時には出せるようにしてある」
地面に手を伸ばし影に手を入れる。そこからランプを取り出して見せる。影の力は日常生活においてかなり便利だ。今のところ戦いに役立つ使い方は殆んど無いけど。
「凄い!魔術でそんなことも出来るんだね〜」
凄い凄いとはしゃぐユリス。まるで初めて魔術を見たような反応だ。まあ実際には魔術じゃないから珍しいのは当たり前なんだけど。
「さて、トージくんは何で私と出会ったんでしたっけ?」
突然の問い。一瞬こいつはとうとう記憶までおかしくなったのかと思ってしまったが、ニヤニヤと答えを待つ様子から謎かけをしたいらしい。
出会った理由。行倒れのこいつに足を掴まれて・・・行倒れ、そういうことか。なら最初に言って欲しかった。そんなことも気付かなかった俺も悪いが。
「気付いたようね。そう!行倒れていた私がお金なんて持ってるはずが無い!!よって旅の準備なんて出来るわけがない!!」
「偉そうに言うな!!」
自信満々に胸を張って言うことじゃないだろう。ここに来る間に旅の荷物も全部売ってしまったとか、それでこれからどうする気だったのだろう。多分完全に俺にたかる気なんだろうけどさ・・・
「まあいい、そんなことだろうとは思ってた」
「そうそう、細かいことは気にしないで、ちゃっちゃと森を抜けちゃおう!」
彼女と一緒に旅をすることにしたのはやはり間違いだったんじゃないだろうか。なんか物凄い後悔してきた・・・
(まあ、何とかなるか)
後悔しても仕方ない。他に情報も無い今は、とりあえず流れに身を任せるというのも一つの選択肢だろう。
そう思い直し、森の入り口へと足を踏み入れる。これから一体何が待ち受けてるのやら、なんだか未来はどんより曇っている気がしてきた。