第七話 決意
「シッ!」
閃く。まさに一瞬。閃光のようなその斬撃の前に一撃の元に屠られていく異形の生物達。
勇者を目指しているというのは伊達じゃないらしく、次々と屍の山を築いていくユリス。それを後ろから眺めている俺。
正直手を貸す暇も無い。
「手伝ってくれてもいいのに」
先程までの真剣な顔つきとは一転、ぶーぶーと頬を膨らませて文句を言ってくるユリス。
一体どの辺で手伝えば良かったんだろうか?それほどまでに彼女の実力は圧倒的なように見えた。
もしかするとこれがこの世界の旅人の標準なのかもしれないが、そうだったら俺には対処できそうに無いので困る。
しかし、ここで素直に感心しては俺の立つ瀬が無い。
「助けてやったんだからそのぐらい我慢しろよ」
「う・・それを言われると・・・」
「それより、ここは一応商人の出入りはあるんだろ?そんなところにこんな量の魔物が出てくるのはどうなんだ?」
まだそれほど歩いていないというのにもう何度も魔物に遭遇している。しかも一度に出てくる数が多い。
国へ出入りできる唯一の陸路である道、それも脇道には逸れていないいわば本道でここまで魔物の襲撃があるのは明らかにおかしいだろう。
国としてもかなり困った事態なんじゃないだろうか?
「う〜ん・・確かにちょっと多いね。これも魔王の影響かも」
なんだか少し嬉しそうな様子に見えるんだが、世界の平和を願うのが勇者なんじゃないのだろうか。
まあこいつの場合は善人になりたい訳じゃないようだからそこはどうでも良いのか。
「まあこのぐらいなら何とかなるでしょ!前進あるのみ!」
これで”このぐらい”か。であれば魔の王である魔王はどれ程のものなのか・・・
この世界に来て闇の精霊の力を得て、少し勘違いしてたみたいだな。知らず知らず天狗になっていたみたいだ。
異世界に呼ばれた選ばれた人間。物語の主人公みたいな活躍ができるとどこかで思っていたのではないか?
たかが数日訓練しただけの分際で?馬鹿だな。
目の前の彼女は勇者足りえようと努力してきたというのに、それに遠く及ばない自分を認めたくないが為に見栄を張るなんて・・・
(トージは勇者になりたいの?)
「・・違うな」
俺はただの高校生。だからこそ在るべき場所に帰りたいだけ。俺の守るべき存在の居る場所に。
であれば必要なのはその為の力。別に魔王に勝つ必要は無いのだ。俺らしくなかったな
「ありがとう」
(気にしないで)
「なーにぶつぶつ言ってるの?もしかして私で変な妄想してたんじゃ・・・」
「埋めるぞ戦闘馬鹿。何でもない、考え事をしてただけだよ」
スノウの声は俺以外には聞こえないんだな、昼間に話しかけてくることなんて今まで無かったからな・・・
「心配してあげただけなのに・・トージ君が未知の生物と交信する癖があるとか、普通の人には見えないお友達が見えるとかいう人だったらどうしようとか・・」
めそめそと泣きまねをしだすユリス。というか完全におかしな人扱いだな、そんなにおかしく見えたんだろうか?今後気を付けないとな。
「悪かったよ、心配してくれてありがとう」
「分かればいいのだよ。分かれば・;・ん?あそこ・・馬車?」
一転、ユリスの表情が真剣なものに変わる。ユリスが指差した先には一台の馬車と・・
「魔物?っておい!」
ユリスは静止の言葉を掛ける間もなく走り出していく。しかし今回は数が多い。今までの倍は居るだろう魔物は場所を取り囲むように群がっている。
そんな圧倒的な数の純粋な殺意に身を晒すのは遠慮したいのだが。
「ったく。しょうがないか」
半分は諦め。これまでの生活で散々厄介ごとに巻きこまれる生活を送ってきたんだ。これもそんな厄介ごとの一つと腹を括る。
半分は興奮。先程のスノウとのやり取りで気持ちは固まった。この世界からの脱出。それまでは死ねない。そのために強くなる必要がある。これも必要な経験。
そう思うと不思議と気持ちは前向きになる。
馬車に群がる魔物の群れ。人型のものや獣の姿をしているものなど様々な異形の存在が馬車を取り囲んでいる。しかし、魔物たちはある一定の距離から近づこうとしない。
いや、近づけないのだ。何か不可視の壁のようなものに阻まれているようだ。
「せぇーーえい!!」
気合一閃。先手必勝とばかりにこちらにまだ気付いていなかった魔物に切りかかっていくユリス。それに気付いた魔物はどうやら標的をユリスに変更したらしく、一斉に襲い掛かる。
正面から飛び掛ってくる魔物を切り伏せ、横から牙を剥いて跳びかかってくる魔物を蹴り倒し、ずんずんと魔物の群れの中心へと向かうその様は鬼気迫るものがあった。
本来戦術的には数の多い敵の懐に自ら入り込み囲まれるなんてのは愚か以外の何ものでもない。なるべく一対一の状況を作るべきなんだろうが、彼女にはそんな常識は通用しないようだ。
「グルルルルルル」
「っと!よそ見してる暇は無いか」
ユリスに魔物が殺到している間に馬車の様子を確認しようと思ったんだが、そう上手くは行かないみたいだ。いまだ不可視の壁と格闘中だったらしい数匹の魔物がこちらに気付き唸り声をあげる。
俺の半分ぐらいの身長の人型の魔物が二匹と、狼のような赤い瞳の魔物が三匹。魔物との初戦闘にはちょっと荷が重い気もするな。
俺の腰が引けているのを察したか、狼型の魔物が雄叫びをあげながら襲い掛かってきた。
「グォオーーー!」
「おわっと!ハッ!!」
牙の餌食になる寸前に横にずれるとその横腹めがけて蹴りを放つ。突っ込んで来た勢いをそのままに面白いように吹っ飛び、散開して襲い掛かろうとしたもう一匹を巻き込んで地面を転がる。
もう一匹はそれを見て突っ込むのをやめ、様子を見るように距離をとった。
「さすがに一発ノックアウトとはいかないか」
もろに蹴りを食らった方はさすがに少しよろけているが、もう一匹はすぐに体制を立て直すと牙を剥き出しにして唸っている。どうやら怒らせてしまったようだ。まあそれが狙いでもあるんだが。
複数の敵に囲まれた時に一番厄介なのは連携されることだ。多少の知能は持っているようなので、時間をかけるとこちらが不利になってしまう。
だが、ただの大きい犬なら相手じゃない。
「キャウン」
飛び掛ってきた犬の顔面に蹴りを入れる。突っ込んで来た勢いも相まって今度は完全に再起不能状態。逃げる獲物を追うことしか知らない獣には正面から立ち向かうのが意外と有効だったりするのだ。
単純な力比べで勝てないことを悟ると残りの2匹は文字通り尻尾を巻いて逃げ去っていく。何ともあっけない。その辺の野犬と同じようなものじゃないか・・・
残りは人型の2匹だが・・・
「おっ!終わったねー」
既にユリスは魔物の大群を蹴散らしていたようで、人型の2匹を一刀の下に切り捨ててこちらに向かってくる。なんとゆーか、俺が加勢する必要は全くなかったんじゃないかと思えてくる。
「凄いねー!レッドウルフの突進を蹴り飛ばす人なんて始めてみたよ!」
「あんなの、お前だって何匹も相手にしてたじゃないか」
「いやいや、よく見てみなよ。トージ君が今倒したのは目が赤いでしょ?私が相手していたのはブラックファング。目の色が違うだけだから分かりづらいんだけどね」
そう言われて良く見てみると、確かにユリスが相手をしていた狼は目が黒かった。心なしか大きさも一回り小さいように思える。
「レッドウルフはブラックファングより知能も高いし体も大きい。その全速力を蹴り飛ばしたら普通蹴った足の方がどうにかなっちゃうよ」
一匹でも苦戦しちゃうよ。そう言ってしきりに感心してくる。成る程どうやら異世界に来て身体能力が上がっていると聞かされていたが、想像以上に人間離れしているらしい。
彼女ですら感心するのなら気を付けないとおかしいと思われるかもだな。
「それよりも馬車を確認しないか?何か様子もおかしかったし」
「結界を張っていたみたいだから中の人は無事だと思うけど・・・」
馬車の話に振ることに成功し、この話題からは離れることができた。あまりあれこれ聞かれて怪しまれてもまずいし、馬車が気になったのも確かだ。
先程の様子から何らかの力、恐らく魔法で魔物の襲撃を防いでいたようだが、もしかしたら怪我人がいるかもしれない。そう思い二人で馬車に近づくと、こちらが中を確認するより先に中から中年の男が出てきた。
「いやぁー!どうも!助かりました!!お二人ともお強いですねー!!」
「無事なようで何よりです。他に人は?」
「いやはや、護衛で雇った奴らは魔物の数に腰が引けて逃げていきましたよ、まったく!おかげで貴重な商品を使う羽目になってしまった」
どうやら怪我人は居ないらしい、逃げていった護衛とやらのことも一瞬考えたが、護衛対象を置いて逃げるような奴らを助けに行くほどお人好しじゃないしな。
それはユリスも同意らしく、小さく肩を竦めると”災難でしたね”とだけ答えた。
「全くです。そこでお願いがあるのですが、お二人もご覧になったかと思うのですがこの結界を張るアイテム。強力ではありますが自分も身動きが取れなくなるんですよ。」
つまり結界を張りながら森を抜けるというのは不可能な訳だ。それが出来れば先程も逃げれた筈だし、そもそも護衛を雇う必要が無いだろう。
しかしなんとも、商人というのは裏がありそうで恐い。下手に勘ぐってしまい信用していいものか悩んでしまう。しかしユリスは、そんな俺の考えを知ってか知らずか、商人の相応の報酬も出しますという一言に二つ返事でオーケーしてしまう。
「いいじゃない、どっちにしろこの森は抜けなきゃなんだし、一石二鳥だよ?」
「話は纏まりましたかな?荷台は少し狭いでしょうが、少しの間ですのでどうかご容赦を」
結局ユリスと商人に押し切られる形で了承すると荷台に乗り込む。まあ心配してもしょうがないかと思い直し、早く目的地に着けると前向きに考えることにした。
なんかいつも流されてばっかりなきがするなー、俺。